た足を休めながら二人は噴煙のさまのさまざまに変化するをながめたり、聞くともなしに村落の人語の遠くに聞こゆるを聞いたりしていた。すると二人が今来た道の方から空車《からぐるま》らしい荷車の音が林などに反響して虚空《こくう》に響き渡って次第に近づいて来るのが手に取るように聞こえだした。
『しばらくすると朗々《ほがらか》な澄《す》んだ声で流して歩く馬子唄《まごうた》が空車の音につれて漸々《ぜんぜん》と近づいて来た。僕は噴煙をながめたままで耳を傾けて、この声の近づくのを待つともなしに待っていた。
『人影が見えたと思うと「宮地ゃよいところじゃ阿蘇山ふもと」という俗謡《うた》を長く引いてちょうど僕らが立っている橋の少し手前まで流して来たその俗謡《うた》の意《こころ》と悲壮な声とがどんなに僕の情《こころ》を動かしたろう。二十四、五かと思われる屈強な壮漢《わかもの》が手綱《たづな》を牽《ひ》いて僕らの方を見向きもしないで通ってゆくのを僕はじっとみつめていた。夕月の光を背にしていたからその横顔もはっきりとは知れなかったがそのたくましげな体躯《からだ》の黒い輪郭が今も僕の目の底に残っている。
『僕は壮漢《わ
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