男女《なんにょ》は一日の仕事のしまい[#「しまい」に傍点]に忙しく子供は薄暗い垣根《かきね》の陰や竈《かまど》の火の見える軒先に集まって笑ったり歌ったり泣いたりしている、これはどこの田舎《いなか》も同じことであるが、僕は荒涼たる阿蘇の草原から駆け下りて突然、この人寰《じんかん》に投じた時ほど、これらの光景に搏《う》たれたことはない。二人は疲れた足をひきずって、日暮れて路《みち》遠きを感じながらも、懐《なつ》かしいような心持ちで宮地を今宵《こよい》の当てに歩いた。
『一|村《むら》離れて林や畑《はた》の間をしばらく行くと日はとっぷり暮れて二人の影がはっきりと地上に印するようになった。振り向いて西の空を仰ぐと阿蘇の分派の一峰の右に新月がこの窪地一帯の村落を我物顔《わがものがお》に澄んで蒼味《あおみ》がかった水のような光を放っている。二人は気がついてすぐ頭の上を仰ぐと、昼間は真っ白に立ちのぼる噴煙が月の光を受けて灰色に染まって碧瑠璃《へきるり》の大空を衝《つ》いているさまが、いかにもすさまじくまた美しかった。長さよりも幅の方が長い橋にさしかかったから、幸いとその欄に倚《よ》っかかって疲れきっ
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