席に招かれた一人二人に途《みち》で逢《あ》った。逢う度《たび》毎《ごと》に皆《みん》な知る人であるから二言三言の挨拶《あいさつ》はしたが、可い心持はしなかった。
富岡の門まで行ってみると門は閉《しま》って、内は寂然《ひっそり》としていた。校長は不審に思ったが門を叩《たた》く程の用事もないから、其処《そこ》らを、物思に沈みながらぶらぶらしていると間もなく老僕倉蔵が田甫道を大急ぎで遣《やっ》て来た。
「オイ倉蔵、先生は最早《もう》お寝《やす》みになったのかね?」
「オヤ! 細川先生、老先生は今東京へお出発《たち》になりました!」と呼吸《いき》をはずまして老僕は細川の前へ突立った。
「東京へ※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」細川は声も喉《のど》に塞《つま》ったらしい。
「ハア東京へ!」
「マアどうしたのだろう! お梅さんは?」
「御一緒に」
「マアどうしたのだろう!」校長は喫驚《びっくり》すると共に、何とも言い難き苦悩が胸を圧《あっ》して来た。心も空に、気が気ではない。倉蔵は門を開けながら
「マアお入りなされの」
校長は後について門を入り縁先に腰をかけたが、それも殆《ほとん》ど夢中であ
前へ
次へ
全40ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング