しろくない」
「どうしてや?」と僕は驚いて聞いた。
「どうしてというわけもないが、君なら三日と辛棒《しんぼう》ができないだろうと思う。第一僕は銀行業からして僕の目的じゃないのだもの」
 二人は話しながら歩いた、車夫のみ先へやり。
「何が君の目的だ」
「工業で身を立つる決心だ」といって正作は微笑し、「僕は毎日この道を往復しながらいろいろ考がえたが、発明に越す大事業はないと思う」
 ワット[#「ワット」に傍線]やステブンソン[#「ステブンソン」に傍線]やヱヂソン[#「ヱヂソン」に傍線]は彼が理想の英雄である。そして西国立志編は彼の聖書《バイブル》である。
 僕のだまって頷《うなず》くを見て、正作はさらに言葉をつぎ
「だから僕は来春《らいはる》は東京へ出ようかと思っている」
「東京へ?」と驚いて問い返した。
「そうサ東京へ。旅費はもうできたが、彼地《むこう》へ行って三月ばかりは食えるだけの金を持っていなければ困るだろうと思う。だから僕は父に頼んで来年の三月までの給料は全部僕が貰うことにした。だから四月早々は出立《たて》るだろうと思う」
 桂正作の計画はすべてこの筆法である。彼はずいぶん少年に
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