きがた》知れずになってしまった。ハワイに行ったともいい、南米に行ったとも噂《うわ》させられたが、実際のことは誰も知らなかった。
小学校を卒業するや、僕は県下の中学校に入ってしまい、しばらく故郷を離れたが正作は家政の都合《つごう》でそういうわけにゆかず、周旋《しゅうせん》する人があって某《なにがし》銀行に出ることになり給料四円か五円かで某町《なにがしまち》まで二里の道程《みちのり》を朝夕《ちょうせき》往復することになった。
間もなく冬期休課《ふゆやすみ》になり、僕は帰省の途について故郷近く車で来ると、小さな坂がある、その麓で車を下り手荷物を車夫に托し、自分はステッキ一本で坂を登りかけると、僕の五六間さきを歩《ゆ》く少年がある、身に古ぼけたトンビを着て、手に古ぼけた手提《てさげ》カバンを持って、静かに坂を登りつつある、その姿がどうも桂正作に似ているので、
「桂君じゃアないか」と声を掛けた。後ろを振り向いて破顔一笑《はがんいっしょう》したのはまさしく正作。立ち止まって僕をまち
「冬期休課《ふゆやすみ》になったのか」
「そうだ君はまだ銀行に通ってるか」
「ウン、通ってるけれどもすこしもおも
前へ
次へ
全21ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング