手として横浜の会社に給料十二円で雇われた。
その後|今日《こんにち》まで五年になる。その間彼は何をしたか。ただその職分を忠実に勤めただけか。そうでない!
彼はおおいなることをしている。彼の弟が二人あって、二人とも彼の兄、逃亡した兄に似て手に合わない突飛物《とっぴもの》、一人を五郎といい、一人を荒雄《あらお》という、五郎は正作が横浜の会社に出たと聞くや、国元を飛びだして、東京に来た。正作は五郎のために、所々《しょしょ》奔走《ほんそう》してあるいは商店に入れ、あるいは学僕《がくぼく》としたけれど、五郎はいたるところで失敗し、いたるところを逃げだしてしまう。
けれども正作は根気よく世話をしていたが、ついに五郎を自分のそばに置き、種々に訓戒を加え、西国立志編を繰返して読まし、そして工手学校に入れてしまった。わずかの給料でみずから食《く》らい、弟を養い、三年の間、辛苦《しんく》に辛苦を重ねた結果は三十四年に至って現われ、五郎は技手となって今は東京芝区の某《ぼう》会社に雇われ、まじめに勤労しているのである。
荒雄もまた国を飛びだした。今は正作と五郎と二人でこの弟の処置に苦心している。
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