治二十七年の春、桂は計画どおりに上京し、東京から二三度手紙を寄こしたけれど、いつも無事を知らすばかりでべつに着京後の様子を告げない。また故郷《くに》の者誰もどうして正作が暮らしているか知らない、父母すら知らない、ただ何人も疑がわないことが一つあった。曰《いわ》く桂正作は何らかの計画を立ててその目的に向かって着々歩を進めているだろうという事実である。
僕は三十年の春上京した。そして宿所《やど》がきまるや、さっそく築地何町何番地、何の某方《なにがしかた》という桂の住所を訪ねた。この時二人はすでに十九歳。
下
午後三時ごろであった。僕は築地何町を隅から隅まで探して、ようやくのことで桂の住家《すみか》を探しあてた。容易に分からぬも道理、某方《なにがしかた》というその某は車屋の主人ならんとは。とある横町の貧しげな家ばかり並んでいる中に挾《はさ》まって九尺間口の二階屋、その二階が「活《い》ける西国立志編」君の巣である。
「桂君という人があなたの処にいますか」
「ヘイいらっしやいます、あの書生さんでしょう」との山の神の挨拶《あいさつ》。声を聞きつけてミシミシと二階を下りてきて「ヤア
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