《だ》した。
 ボズさんの本名《ほんみやう》は權十《ごんじふ》とか五|郎兵衞《ろべゑ》とかいふのだらうけれど、此《この》土地《とち》の者《もの》は唯《た》だボズさんと呼《よ》び、本人《ほんにん》も平氣《へいき》で返事《へんじ》をして居《ゐ》た。
 此《この》以前《いぜん》僕《ぼく》が此處《こゝ》へ來《き》た時《とき》の事《こと》である、或日《あるひ》の午後《ひるすぎ》僕《ぼく》は溪流《たにがは》の下流《しも》で香魚釣《あゆつり》を行《や》つて居《ゐ》たと思《おも》ひ玉《たま》へ。其《その》場所《ばしよ》が全《まつ》たく僕《ぼく》の氣《き》に入《い》つたのである、後背《うしろ》の崕《がけ》からは雜木《ざふき》が枝《えだ》を重《かさ》ね葉《は》を重《かさ》ねて被《おほ》ひかゝり、前《まへ》は可《かな》り廣《ひろ》い澱《よどみ》が靜《しづか》に渦《うづ》を卷《まい》て流《なが》れて居《ゐ》る。足場《あしば》はわざ/\作《つく》つた樣《やう》に思《おも》はれる程《ほど》、具合《ぐあひ》が可《い》い。此處《こゝ》を發見《みつけ》た時《とき》、僕《ぼく》は思《おも》つた此處《こゝ》で釣《つ》るなら
前へ 次へ
全11ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング