釣《つ》れないでも半日位《はんにちぐらゐ》は辛棒《しんぼう》が出來《でき》ると思《おも》つた。處《ところ》が僕《ぼく》が釣初《つりはじ》めると間《ま》もなく後背《うしろ》から『釣《つ》れますか』と唐突《だしぬけ》に聲《こゑ》を掛《か》けた者《もの》がある。
振《ふ》り向《む》くと、それがボズさんと後《のち》に知《し》つた老爺《ぢいさん》であつた。七十|近《ちか》い、背《せ》は低《ひく》いが骨太《ほねぶと》の老人《らうじん》で矢張《やはり》釣竿《つりざを》を持《もつ》て居《ゐ》る。
『今初《いまはじ》めた計《ばか》りです。』と言《い》ふ中《うち》、浮木《うき》がグイと沈《しづ》んだから合《あは》すと、餌釣《ゑづり》としては、中々《なか/\》大《おほき》いのが上《あが》つた。
『此處《こゝ》は可《か》なり釣《つ》れます。』と老爺《ぢいさん》は僕《ぼく》の直《す》ぐ傍《そば》に腰《こし》を下《おろ》して煙草《たばこ》を喫《す》ひだした。けれど一人《ひとり》が竿《さを》を出《だ》し得《う》る丈《だけ》の場處《ばしよ》だからボズさんは唯《たゞ》見物《けんぶつ》をして居《ゐ》た。
間《ま》もなく又《また》一尾《いつぴき》上《あ》げるとボズさん、
『旦那《だんな》はお上手《じやうず》だ。』
『だめ[#「だめ」に傍点]だよ。』
『イヤさうでない。』
『これでも上手《じやうず》の中《うち》かね。』
『此《この》温泉《をんせん》に來《く》るお客《きやく》さんの中《うち》じア旦那《だんな》が一|等《とう》だ。』と大《おほ》げさ[#「げさ」に傍点]に贊《ほ》めそやす。
『何《なに》しろ道具《だうぐ》が可《い》い。』と言《い》はれたので僕《ぼく》は思《おも》はず噴飯《ふき》だし、
『それじア道具《だうぐ》が釣《つ》るのだ、ハ、ハ、……』
ボズさん少《すこ》しく狼狽《まごつ》いて、
『イヤ其《それ》は誰《だれ》だつて道具《だうぐ》に由《よ》ります。如何《いく》ら上手《じやうず》でも道具《だうぐ》が惡《わる》いと十|尾《ぴき》釣《つ》れるところは五|尾《ひき》も釣《つ》れません。』
それから二人《ふたり》種々《いろ/\》の談話《はなし》をして居《を》る中《うち》に懇意《こんい》になり、ボズさんが遠慮《ゑんりよ》なく言《い》ふ處《ところ》によると僕《ぼく》の發見《みつけ》た場所《ばしよ》は
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