都の友へ、B生より
国木田独歩

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)久《ひさ》しぶり

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|端《たん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)だめ[#「だめ」に傍点]

 [#…]:返り点
 (例)不[#レ]求[#二]甚解[#一]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)色々《いろ/\》
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

 (前略)
 久《ひさ》しぶりで孤獨《こどく》の生活《せいくわつ》を行《や》つて居《ゐ》る、これも病氣《びやうき》のお蔭《かげ》かも知《し》れない。色々《いろ/\》なことを考《かんが》へて久《ひさ》しぶりで自己《じこ》の存在《そんざい》を自覺《じかく》したやうな氣《き》がする。これは全《まつた》く孤獨《こどく》のお蔭《かげ》だらうと思《おも》ふ。此《この》温泉《をんせん》が果《はた》して物質的《ぶつしつてき》に僕《ぼく》の健康《けんかう》に效能《かうのう》があるか無《な》いか、そんな事《こと》は解《わか》らないが何《なに》しろ温泉《をんせん》は惡《わる》くない。少《すくな》くとも此處《こゝ》の、此家《このや》の温泉《をんせん》は惡《わる》くない。
 森閑《しんかん》とした浴室《ゆどの》、長方形《ちやうはうけい》の浴槽《ゆぶね》、透明《すきとほ》つて玉《たま》のやうな温泉《いでゆ》、これを午後《ごゝ》二|時頃《じごろ》獨占《どくせん》して居《を》ると、くだらない實感《じつかん》からも、夢《ゆめ》のやうな妄想《まうざう》からも脱却《だつきやく》して了《しま》ふ。浴槽《ゆぶね》の一|端《たん》へ後腦《こうなう》を乘《のせ》て一|端《たん》へ爪先《つまさき》を掛《かけ》て、ふわりと身《み》を浮《うか》べて眼《め》を閉《つぶ》る。時《とき》に薄目《うすめ》を開《あけ》て天井際《てんじやうぎは》の光線窓《あかりまど》を見《み》る。碧《みどり》に煌《きら》めく桐《きり》の葉《は》の半分《はんぶん》と、蒼々《さう/\》無際限《むさいげん》の大空《おほぞら》が見《み》える。老人《らうじん》なら南無阿彌陀佛《なむあみだぶつ》/\と口《くち》の中《うち》で唱《とな》へる所《ところ》だ。老人《らうじん》でなくとも此《この》心持
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