な喧噪《やかまし》く騒ぎ立てた、遂に係の技手の耳に入《はい》った。そこで技手の平岡《ひらおか》[#ルビの「ひらおか」は底本では「ひらをか」]は田川お富に頼んで、お秀の現状《ありさま》を見届けた上、局を退《ひ》くとも退かぬとも何とか決めて呉れろと伝言《つたえ》さしたのである。お富は朋輩の中でもお秀とは能く気の合《あっ》て親密《した》しい方であるからで。
 しかしお秀が局を欠勤《やすん》[#ルビの「やすん」は底本では「やす」]でから後も二三度会って多少|事情《わけ》を知って居る故、かの怪しい噂は信じなかったが、此頃になって、或《もしや》という疑が起らなくもなかった。というのもお秀の祖母という人が余り心得の善い人でないことを兼ねて知っているからで。
 お富はお秀の様子を一目見て、もう殆ど怪しい疑惑《うたがい》は晴れたが、更らに其室のうちの有様を見てすっかり解かった。
 お秀の如何に困って居るかは室のうちの様子で能く解る。兼ねて此部屋には戸棚というものが無いからお秀は其衣類を柳行李|二個《ふたつ》に納めて室《へや》の片隅に置《おい》ていたのが今は一個《ひとつ》も見えない、そして身には浴衣の洗曝
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