「その麺包を少し下さいな。」
 三十計りの男と十五位な娘とが頻に焼《やい》ていたが、驚《おどろい》て戸外《そと》の方を向いた。
「お幾価《いくら》?」
 娘は不精無精に立った。
「お気の毒さま、これ丈け下さいな、」とお富は白銅|一個《ひとつ》を娘に渡すと、娘は麺包を古新聞に包んで戸の間から出した。
「源ちゃんにあげて下さいな、今夜焼きたてが食べさせたいことねエ、そら熱いですよ。」とお秀に渡す。
「まあお気の毒さまねエ、明朝《あす》のお目覚《めざ》にやりましょう。」
 二人はお壕|辺《ばた》の広い通りに出た。夜が更けてもまだ十二時前であるから彼方此方《あちらこちら》、人のゆききがある。月はさやかに照《てり》て、お壕の水の上は霞んでいる。
「左様なら、又た明日《あした》。お寝みなさい、源ちゃん御大事に。」お富はしとやかに辞儀して去《ゆ》こうとした。
「どうも色々有難う御座いました。お母上《っかさん》にも宜しく……それでは明日《あす》。」
 二人は分れんとして暫時《しばらく》、立止った。
「あア、明日《あす》お出《いで》になる時、お花を少し持《もっ》て来て下さいませんか、何んでも宜いの。仏様
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