にあげたいから」
 とお秀は云い悪《に》くそうに言った。
「此頃は江戸菊《えどぎく》が大変よく咲《さい》ているのよ、江戸菊を持《もっ》て来ましょうねエ。」とお富は首をちょっと傾《かし》げてニコリと笑って。
「貴姉の処に鈴虫が居て?」
「否《いゝ》エ、どうして?」
「梅ちゃんの鈴虫が此頃大変鳴かないようになって、何だか死にそうですから、どうしたら宜いかと思って。」
「そう、胡瓜をやって?」
「ハア、それで死にそうなのよ」
 と言ってる処へ、巡査が通り掛って二人の様子を怪しそうに見て去った。二人は驚いて、
「左様なら……」
「左様なら……急いでお帰んなさいよ……。」
 お富はカラコロカラコロと赤坂の方へ帰ってゆく、お秀はじっと其後影を見送《みおくっ》て立《たっ》て居た。(完)
[#地から2字上げ](発表年月不詳「濤声」より)



底本:「日本プロレタリア文学大系 序」三一書房
   1955(昭和30)年3月31日第1版発行
   1961(昭和36)年6月20日第2刷発行
※底本に見る旧仮名の新仮名への直し漏れは、あらためた上で注記した。
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
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