がした。
兎も角も明後日《あさって》からお秀は局に出ることに話を極めてお富に約束したものの、忽ち衣類《きもの》の事に思い当って当惑した。若い女ばかり集まる処だからお秀の性質でもまさかに寝衣《ねまき》同様の衣服《きもの》は着てゆかれず、二三枚の単物は皆な質物《しち》と成っているし、これには殆ど当惑したお富は流石女同志だけ初めから気が付いていた。お秀の当惑の色を見て、
「気に障《さ》えちゃいけないことよ、あの……」
「何に、どうにか致しますよ」とお秀は少し顔を赤らめて、「おほほほほ」と笑った。
「だってお困りでしょう? 明日《あした》私が局から帰ったら母上《おっか》さんと相談して……四時頃又来ましょうよ。」
「あんまりお気の毒さまで……」
お秀は眼に涙一杯含ませて首を垂れた。お富は何とも言い難い、悲しいような、懐かしいような心持がした。
夜が大分更けたようだからお富は暇を告げて立ちかけた時、鈴虫の鳴く音が突然|室《へや》のうちでした。
「オヤ鈴虫が」とお富は言って見廻わした。
「窓のところに。お梅さんが先達《せんだっ》て琴平《こんぴら》で買って来たのよ、奉公に出る時|持《もっ》てゆき
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