ぴと》も未《いま》だ此名《このな》が如何《いか》に僕《ぼく》の心《こゝろ》に深《ふか》い、優《やさ》しい、穩《おだや》かな響《ひゞき》を傳《つた》へるかの消息《せうそく》を知《し》らないのである。『こゝに一人《ひとり》の少女《せうぢよ》あり、其名《そのな》を絹《きぬ》といふ』と僕《ぼく》は小説批評家《せうせつひゝやうか》への面當《つらあて》に今《いま》一|度《ど》特筆《とくひつ》大書《たいしよ》する。
 僕《ぼく》は此《この》少女《せうぢよ》を思《おも》ひ出《だ》すと共《とも》に『戀《こひ》しい』、『見《み》たい』、『逢《あ》ひたい』の情《じやう》がむら/\とこみ上《あ》げて來《き》た。君《きみ》が何《なん》と言《い》はうとも實際《じつさい》さうであつたから仕方《しかた》がない。此《この》天地間《てんちかん》、僕《ぼく》を愛《あい》し、又《また》僕《ぼく》が愛《あい》する者《もの》は唯《た》だ此《この》少女《せうぢよ》ばかりといふ風《ふう》な感情《こゝろもち》が爲《し》て來《き》た。あゝ是《こ》れ『浮《う》きたる心《こゝろ》』だらうか、何故《なにゆゑ》に自然《しぜん》を愛《あい》する心
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