。忽《たちま》ちラツパを勇《いさ》ましく吹《ふ》き立《た》てゝ車《くるま》は傾斜《けいしや》を飛《と》ぶやうに滑《すべ》る。空《そら》は名殘《なごり》なく晴《は》れた。海風《かいふう》は横《よこ》さまに窓《まど》を吹《ふ》きつける。顧《かへり》みると町《まち》の旅館《りよかん》の旗《はた》が竿頭《かんとう》に白《しろ》く動《うご》いて居《を》る。
 僕《ぼく》は頭《かしら》を轉《てん》じて行手《ゆくて》を見《み》た。すると軌道《レール》に沿《そ》ふて三|人《にん》、田舍者《ゐなかもの》が小田原《をだはら》の城下《じやうか》へ出《で》るといふ旅裝《いでたち》、赤《あか》く見《み》えるのは娘《むすめ》の、白《しろ》く見《み》えるのは老母《らうぼ》の、からげた腰《こし》も頑丈《ぐわんぢやう》らしいのは老父《おやぢ》さんで、人車《じんしや》の過《す》ぎゆくのを避《さ》ける積《つも》りで立《た》つて此方《こつち》を向《む》いて居《ゐ》る。『オヤお絹《きぬ》!』と思《おも》ふ間《ま》もなく車《くるま》は飛《と》ぶ、三|人《にん》は忽《たちま》ち窓《まど》の下《した》に來《き》た。
『お絹《きぬ》さ
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