ん!』と僕《ぼく》は思《おも》はず手《て》を擧《あ》げた。お絹《きぬ》はにつこり笑《わら》つて、さつと顏《かほ》を赤《あか》めて、禮《れい》をした。人《ひと》と車《くるま》との間《あひだ》は見《み》る/\遠《とほ》ざかつた。
 若《も》し同車《どうしや》の人《ひと》が無《な》かつたら僕《ぼく》は地段駄《ぢだんだ》を踏《ふ》んだらう、帽子《ばうし》を投《な》げつけたゞらう。僕《ぼく》と向《む》き合《あ》つて、眞面目《まじめ》な顏《かほ》して居《ゐ》る役人《やくにん》らしい先生《せんせい》が居《ゐ》るではないか、僕《ぼく》は唯《た》だがつかりして手《て》を拱《こま》ぬいてしまつた。
 言《い》はでも知《し》るお絹《きぬ》は最早《もはや》中西屋《なかにしや》に居《ゐ》ないのである、父母《ふぼ》の家《いへ》に歸《かへ》り、嫁入《よめいり》の仕度《したく》に取《と》りかゝつたのである。昨年《さくねん》の夏《なつ》も他《た》の女中《ぢよちゆう》から小田原《をだはら》のお婿《むこ》さんなど嬲《なぶ》られて居《ゐ》たのを自分《じぶん》は知《し》つて居《ゐ》る、あゝ愈々《いよ/\》さうだ! と思《おも》
前へ 次へ
全26ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング