》ではあるが、風《かぜ》が全《まつた》く無《な》いので、相摸灣《さがみわん》の波|靜《しづか》に太平洋《たいへいやう》の煙波《えんぱ》夢《ゆめ》のやうである。噴煙《ふんえん》こそ見《み》えないが大島《おほしま》の影《かげ》も朦朧《もうろう》と浮《う》かんで居《ゐ》る。
『義母《おつかさん》どうです、佳《い》い景色《けしき》ですね。』
『さうねえ。』
『向《むか》うに微《かすか》に見《み》えるのが大島《おほしま》ですよ。』
『さう?』
此時《このとき》二人《ふたり》の巡査《じゆんさ》は新聞《しんぶん》を讀《よ》んで居《ゐ》た。關羽巡査《くわんうじゆんさ》は眼鏡《めがね》をかけて、人車《じんしや》は上《のぼり》だからゴロゴロと徐行《じよかう》して居《ゐ》た。
八
景色《けしき》は大《おほき》いが變化《へんくわ》に乏《とぼ》しいから初《はじ》めての人《ひと》なら兔《と》も角《かく》、自分《じぶん》は既《すで》に幾度《いくたび》か此海《このうみ》と此《この》棧道《さんだう》に慣《な》れて居《ゐ》るから強《しひ》て眺《なが》めたくもない。義母《おつかさん》が定《さだ》めし
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