わんう》は鈴木巡査《すゞきじゆんさ》といつて湯《ゆ》ヶ|原《はら》に勤務《きんむ》すること實《じつ》に九|年《ねん》以上《いじやう》であるといふことは、後《あと》で解《わか》つたのである。
 自分《じぶん》の注文通《ちゆうもんどほ》り、喇叭《らつぱ》の聲《こゑ》で人車《じんしや》は小田原《をだはら》を出發《たつ》た。

        七

 自分《じぶん》は如何《どう》いふものかガタ馬車《ばしや》の喇叭《らつぱ》が好《す》きだ。回想《くわいさう》も聯想《れんさう》も皆《み》な面白《おもしろ》い。春《はる》の野路《のぢ》をガタ馬車《ばしや》が走《はし》る、野《の》は菜《な》の花《はな》が咲《さ》き亂《みだ》れて居《ゐ》る、フワリ/\と生温《なまぬる》い風《かぜ》が吹《ふ》ゐて花《はな》の香《かほり》が狹《せま》い窓《まど》から人《ひと》の面《おもて》を掠《かす》める、此時《このとき》御者《ぎよしや》が陽氣《やうき》な調子《てうし》で喇叭《らつぱ》を吹《ふ》きたてる。如何《いく》ら嫁《よめ》いびり[#「いびり」に傍点]の胡麻白《ごましろ》婆《ばあ》さんでも此時《このとき》だけはのんびり[
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