い》は重《おも》い雨雲《あまぐも》が被《おほ》り[#「り」に「ママ」の注記]重《かさ》なつて居《ゐ》た。汽車《きしや》は御丁寧《ごていねい》に各驛《かくえき》を拾《ひろ》つてゆく。
『義母《おつかさん》此處《こゝ》は梅《うめ》で名高《なだか》ひ蒲田《かまた》ですね。』
『そう?』
『義母《おつかさん》田植《たうゑ》が盛《さか》んですね。』
『そうね。』
『御覽《ごらん》なさい、眞紅《まつか》な帶《おび》を結《し》めて居《ゐ》る娘《むすめ》も居《ゐ》ますよ。』
『そうね。』
『義母《おつかさん》川崎《かはさき》へ着《つ》きました。』
『そうね。』
『義母《おつかさん》お大師樣《だいしさま》へ何度《なんど》お參《まゐ》りになりました。』
『何度《なんど》ですか。』
これでは何方《どつち》が病人《びやうにん》か分《わから》なくなつた。自分《じぶん》も斷念《あきら》めて眼《め》をふさいだ。
二
トロリとした間《ま》に鶴見《つるみ》も神奈川《かながは》も過《す》ぎて平沼《ひらぬま》で眼《め》が覺《さ》めた。僅《わづ》かの假寢《うたゝね》ではあるが、それでも氣分《きぶん》がサツパリして多少《いくら》か元氣《げんき》が附《つ》いたので懲《こり》ずまに義母《おつかさん》に
『横濱《よこはま》に寄《よ》らないだけ未《ま》だ可《よ》う御座《ござ》いますね。』
『ハア。』
是非《ぜひ》もないことゝ自分《じぶん》も斷念《あきら》めて咽喉疾《いんこうしつ》には大敵《たいてき》と知《し》りながら煙草《たばこ》を喫《す》い初《はじ》めた。老人夫婦《らうじんふうふ》は頻《しき》りと話《はな》して居《ゐ》る。而《しか》もこれは婦《をんな》の方《はう》から種々《しゆ/″\》の問題《もんだい》を持出《もちだ》して居《ゐ》るやうだそして多少《いくら》か煩《うるさ》いといふ氣味《きみ》で男《をとこ》はそれに説明《せつめい》を與《あた》へて居《ゐ》たが隨分《ずゐぶん》丁寧《ていねい》な者《もの》で決《けつ》して『ハア』『そう』の比《ひ》ではない。
若《も》し或人《あるひと》が義母《おつかさん》の脊後《うしろ》から其《その》脊中《せなか》をトンと叩《たゝ》いて『義母《おつかさん》!』と叫《さけ》んだら『オヽ』と驚《おどろ》いて四邊《あたり》をきよろ/\見廻《みまは》して初《はじ》めて
前へ
次へ
全18ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング