湯ヶ原ゆき
国木田独歩

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)定《さだ》めし

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三十|近《ぢか》く

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「月+叟」、第4水準2−85−45]《や》せた

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)先《ま》づ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

        一

 定《さだ》めし今《いま》時分《じぶん》は閑散《ひま》だらうと、其《その》閑散《ひま》を狙《ねら》つて來《き》て見《み》ると案外《あんぐわい》さうでもなかつた。殊《こと》に自分《じぶん》の投宿《とうしゆく》した中西屋《なかにしや》といふは部室數《へやかず》も三十|近《ぢか》くあつて湯《ゆ》ヶ|原《はら》温泉《をんせん》では第《だい》一といはれて居《ゐ》ながら而《しか》も空室《あきま》はイクラもない程《ほど》の繁盛《はんじやう》であつた。少《すこ》し當《あて》は違《ちが》つたが先《ま》づ/\繁盛《はんじやう》に越《こ》した事《こと》なしと斷念《あきら》めて自分《じぶん》は豫想外《よさうぐわい》の室《へや》に入《はひ》つた。
 元來《ぐわんらい》自分《じぶん》は大《だい》の無性者《ぶしやうもの》にて思《おも》ひ立《たつ》た旅行《りよかう》もなか/\實行《じつかう》しないのが今度《こんど》といふ今度《こんど》は友人《いうじん》や家族《かぞく》の切《せつ》なる勸告《くわんこく》でヤツと出掛《でか》けることになつたのである。『其處《そこ》に骨《ほね》の人《ひと》行《ゆ》く』といふ文句《もんく》それ自身《じしん》がふら/\と新宿《しんじゆく》の停車場《ていしやぢやう》に着《つ》いたのは六月二十日の午前《ごぜん》何時であつたか忘《わす》れた。兔《と》も角《かく》、一汽車《ひときしや》乘《の》り遲《おく》れたのである。
 同伴者《つれ》は親類《しんるゐ》の義母《おつかさん》であつた。此人《このひと》は途中《とちゆう》萬事《ばんじ》自分《じぶん》の世話《せわ》を燒《や》いて、病人《びやうにん》なる自分《じぶん》を湯《ゆ》ヶ|原《はら》まで送《おく》り屆《とゞ》ける役
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