道楽はなし満足に仕事に出てさえおくれなら如斯《こんな》貧乏は仕ないんだよ。――」
 磯は火鉢の灰を見つめて黙っている。
「だからお前さんがも少し精出しておくれならこの節のように計量炭《はかりずみ》もろく[#「ろく」に傍点]に買《かえ》ないような情ない……」
 お源は布団へ打伏して泣きだした。磯吉はふいと起って土間に下りて麻裏《あさうら》を突掛けるや戸外《そと》へ飛び出した。戸外は月冴えて風はないが、骨身に徹《こた》える寒さに磯は大急ぎで新開の通へ出て、七八丁もゆくと金次という仲間が居る、其家《そこ》を訪《たず》ねて、十時過まで金次と将棋を指して遊んだが帰掛《かえりがけ》に一寸一円貸せと頼んだ。明日なら出来るが今夜は一文もないと謝絶《ことわ》られた。
 帰路《かえりみち》に炭屋がある。この店は酒も薪《まき》も量炭《はかりずみ》も売り、大庭もこの店から炭薪を取り、お源も此店《ここ》へ炭を買いに来るのである。新開地は店を早く終《しま》うのでこの店も最早《もう》閉っていた。磯は少時《しばら》く此店《ここ》の前を迂路々々《うろうろ》していたが急に店の軒下に積である炭俵の一個《ひとつ》をひょい[#
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