、これじゃ余《あんま》りだと思うわ。お前さんこれじゃ乞食も同然じゃ無いか。お前さんそうは思わないの?」
 磯は黙っている。
「これじゃ唯《た》だ食って生きてるだけじゃないか。饑死《かつじに》する者は世間に滅多にありや仕ないから、食って生きてるだけなら誰《だれ》だってするよ。それじゃ余《あんま》り情ないと私は思うわ」涙を袖《そで》で拭《ふい》て「お前さんだって立派な職人じゃないか、それに唯《たっ》た二人きりの生活《くらし》だよ。それがどうだろう、のべつ[#「のべつ」に傍点]貧乏の仕通しでその貧乏も唯の貧乏じゃ無いよ。満足な家には一度だって住まないで何時《いつ》でもこんな物置か――」
「何を何時までべらべら喋舌《しゃべっ》てるんだい」と磯は矢張《やはり》お源の方は向《むか》ないで、手荒く煙管《きせる》を撃《はた》いて言った。
「お前さん怒るなら何程《いくら》でもお怒り。今夜という今夜は私はどうあっても言うだけ言うよ」とお源は急促込《せきこ》んで言った。
「貧乏が好きな者はないよ」
「そんなら何故《なぜ》お前さん月の中《うち》十日は必然《きっと》休むの? お前さんはお酒は呑《のま》ないし外に
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