ように冷《ひえ》た飯へ白湯《さゆ》を注《か》けて沢庵《たくあん》をバリバリ、待ち兼た風に食い初めた。
 布団の中でお源が啜泣《すすりなき》する声が聞えたが磯には香物《こうのもの》を噛《か》む音と飯を流し込む音と、美味《うま》いので夢中になっているのとで聞えなかった、そして飯を食い終ったころには啜泣の声も止《や》んだのである。
 磯が火鉢の縁《ふち》を忽々《こつこつ》叩《たた》き初めるや布団がむくむく動いていたが、やがてお源が半分布団に巻纏《くるま》って其処へ坐った。前が開《あい》て膝頭《ひざがしら》が少し出ていても合そうとも仕ない、見ると逆上《のぼ》せて顔を赤くして眼は涙に潤み、頻《しき》りに啜泣を為《し》ている。
「どうしたと云うのだ、え?」と磯は問うたが、この男の持前として驚いて狼狽《うろた》えた様子は少しも見えない。
「磯さん私は最早《もう》つくづく厭《いや》になった」と言い出してお源は涙声になり
「お前さんと同棲《いっしょ》になってから三年になるが、その間|真実《ほんとう》に食うや食わずで今日はと思った日は一日だって有りやしないよ。私だって何も楽を仕様《しよう》とは思わんけれど
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