て来た。「もしか知れたらどうする」。「知れるものかあの旦那は性質《ひと》が良いもの」。「性質《ひと》の良いは当にならない」。「性質《ひと》の善良《いい》のは魯鈍《のろま》だ」。と促急込《せきこ》んで独《ひとり》問答をしていたが
「魯鈍《のろま》だ、魯鈍だ、大魯鈍だ」と思わず又叫んで「フン何が知れるもんか」と添足《つけた》した。そして布団から首を出して見ると日が暮れて入口の障子戸に月が射している。けれども起きて洋燈《ランプ》を点《つ》けようとも仕ないで、直ぐ首を引込《ひっこめ》て又た丸くなって了った。そこへ磯吉が帰って来た。
 頭が割れるように痛むので寝たのだと聞いて磯は別に怒りもせず驚きもせず自分で燈《ひ》を点《つ》け、薬罐《やかん》が微温湯《ぬるまゆ》だから火鉢に炭を足し、水も汲みに行った。湯の沸騰《たぎ》るを待つ間は煙草をパクパク吹《ふか》していたが
「どう痛むんだ」
 返事がないので、磯は丸く凸起《もちあが》った布団を少時《しばら》く熟《じっ》と視《み》ていたが
「オイどう痛むんだイ」
 相変らず返事がないので磯は黙って了った。その中《うち》湯が沸騰《わい》て来たから例の通り氷の
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