かり開け放しになってるので、何心なく其処から首をひょい[#「ひょい」に傍点]と出すと、直ぐ眼下に隣のお源が居て、お源が我知らず見上た顔とぴたり出会った。お源はサと顔を真赤にして狼狽《うろたえ》きった声を漸《やっ》と出して
「お宅ではこういう上等の炭をお使いなさるんですもの、堪《たま》りませんわね」と佐倉の切炭を手に持ていたが、それを手玉に取りだした。窓の下は炭俵が口を開けたまま並べてある場処で、お源が木戸から井戸辺《いどばた》にゆくには是非この傍《そば》を通るのである。
 真蔵も一寸《ちょっと》狼狽《まごつ》いて答に窮したが
「炭のことは私共に解らんで……」と莞爾《にっこり》微笑《わらっ》てそのまま首を引込めて了った。
 真蔵は直ぐ書斎に返ってお源の所為《しょさ》に就て考がえたが判断が容易に着《つか》ない。お源は炭を盗んでいるところであったとは先ず最初に来る判断だけれど、真蔵はそれをそのまま確信することが出来ないのである。実際ただ炭を見ていたのかも知れない、通りがかりだからツイ手に取って見ているところを不意に他人《ひと》から瞰下《みおろ》されて理由《わけ》もなく顔を赤らめたのかも知れな
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