い。まして自分が見たのだから狼狽《うろた》えたのかも知れない。と考えれば考えられんこともないのである。真蔵はなるべく後《のち》の方に判断したいので、遂にそう心で決定《きめ》てともかく何人《だれ》にもこの事は言わんことにした。
しかし万一《ひょっと》もし盗んでいたとすると放下《うっちゃ》って置いては後《あと》が悪かろうとも思ったが、一度見られたら、とても悪事を続行《つづけ》ることは得《え》為《す》すまいと考えたから尚《な》お更らこの事は口外しない方が本当だと信じた。
どちらにしてもお徳が言った通り、彼処《あそこ》へ竹の木戸を植木屋に作らしたのは策の得たるものでなかったと思った。
午後三時過ぎて下町行の一行はぞろぞろ帰宅《かえ》って来た。一同が茶の間に集まってがやがやと今日の見聞を今一度繰返して話合うのであった。お清は勿論《もちろん》、真蔵も引出されて相槌《あいづち》を打って聞かなければならない。礼ちゃんが新橋の勧工場《かんこうば》で大きな人形を強請《ねだ》って困らしたの、電車の中に泥酔者《よっぱらい》が居て衆人《みんな》を苦しめたの、真蔵に向て細君が、所天《あなた》は寒むがり坊だか
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