価《たかく》なったに違ないが宅《うち》で急にそれを節約するほどのことはなかろう」
 真蔵は衣食台所元のことなど一切《いっせつ》関係しないから何も知らないのである。
「どうして兄様《にいさん》、十一月でさえ一月の炭の代がお米の代よりか余程《よっぽど》上なんですもの。これから十二、一、二と先《ま》ず三月が炭の要《い》る盛《さかり》ですから倹約出来るだけ仕ないと大変ですよ。お徳が朝から晩まで炭が要る炭が高価《たか》いて泣言ばかり言うのも無理はありませんわ」
「だって炭を倹約して風邪《かぜ》でも引ちゃ何もなりや仕ない」
「まさかそんなことは有りませんわ」
「しかし今日は好い案排《あんばい》に暖かいね。母上《おっかさん》でも今日は大丈夫だろう」と両手を伸して大欠伸《おおあくび》をして
「何時かしらん」
「最早《もう》直ぐ十二時でしょうよ。お午食《ひる》にしましょうか」
「イヤ未だ腹が一向|空《す》かん。会社だと午食《ひる》の弁当が待遠いようだけどなア」と言いながら其処を出て勝手の座敷から女中部屋まで覗《のぞ》きこんだ。女中部屋など従来《これまで》入ったことも無かったのであるが、見ると高窓が二尺ば
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