真蔵は銘仙の褞袍《どてら》の上へ兵古帯《へこおび》を巻きつけたまま日射《ひあたり》の可い自分の書斎に寝転《ねころ》んで新聞を読んでいたがお午時《ひる》前になると退屈になり、書斎を出て縁辺《えんがわ》をぶらぶら歩いていると
「兄様《にいさま》」と障子越しにお清が声をかけた。
「何です」
「おホホホホ『何です』だって。お午食《ひる》は何にも有りませんよ」
「かしこ参りました」
「おホホホホ『かしこ参りました』だって真実《ほんと》に何にもないんですよ」
其処《そこ》で真蔵はお清の居る部屋《へや》の障子を開けると、内《なか》ではお清がせっせ[#「せっせ」に傍点]と針仕事をしている。
「大変勉強だね」
「礼ちゃんの被布《ひふ》ですよ、良《い》い柄でしょう」
真蔵はそれには応《こた》えず、其処辺《そこら》を見廻わしていたが、
「も少し日射《ひあたり》の好い部屋で縫《や》ったら可さそうなものだな。そして火鉢《ひばち》もないじゃないか」
「未だ手が凍結《かじけ》るほどでもありませんよ。それにこの節は御倹約ということに決定《きめ》たのですから」
「何の御倹約だろう」
「炭です」
「炭はなるほど高
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