《すきま》や床下から寒い夜風が吹きこむので二人は手足も縮められるだけ縮めているが、それでも磯の背部《せなか》は半分外に露出《はみだし》ていた。

        中

 十二月に入《い》ると急に寒気が増して霜柱は立つ、氷は張る、東京の郊外は突然《だしぬけ》に冬の特色を発揮して、流行の郊外生活にかぶれ[#「かぶれ」に傍点]て初て郊外に住んだ連中《れんじゅう》を喫驚《びっくり》さした。然し大庭真蔵は慣れたもので、長靴を穿《は》いて厚い外套《がいとう》を着て平気で通勤していたが、最初の日曜日は空青々と晴れ、日が煌々《きらきら》と輝やいて、そよ吹く風もなく、小春日和《こはるびより》が又|立返《たちもど》ったようなので、真蔵とお清は留守居番、老母と細君は礼ちゃんとお徳を連て下町に買物に出掛けた。
 郊外から下町へ出るのは東京へ行くと称して出慣れぬ女連は外出《そとで》の仕度に一騒《ひとさわぎ》するのである。それで老母を初め細君娘、お徳までの着変《きかえ》やら何かに一しきり騒《さわが》しかったのが、出て去《い》った後《あと》は一時に森《しん》となって家内《やうち》は人気《ひとげ》が絶たようになった。
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