でも戸外《そと》に放棄《うっちゃ》って置かんようになさいよ」
「私《あたし》はまアそんなことは仕ない積りだが、それでも、ツイ忘れることが有るからね、お前さんも屑屋なんかに気を附けておくれよ。木戸から入るにゃ是非お前さん宅《うち》の前を通るのだからね」
「ええ気を附けるともね。盗《と》られる日にゃ薪《まき》一本だって炭|一片《ひときれ》だって馬鹿々々しいからね」
「そうだとも。炭一片とお言いだけれど、どうだろうこの頃の炭の高価《たか》いことは。一俵八十五銭の佐倉《さくら》があれだよ」とお徳は井戸から台所口へ続く軒下に並べてある炭俵の一《ひとつ》を指して、「幾干《いくら》入《はいっ》てるものかね。ほんとに一片何銭に当《つ》くだろう。まるでお銭《かね》を涼炉《しちりん》で燃しているようなものサ。土竈《どがま》だって堅炭《かたずみ》だって悉《みん》な去年の倍と言っても可い位だからね」とお徳は嘆息《ためいき》まじりに「真実《ほんと》にやりきれや仕ない」
「それに御宅は御人数《ごにんず》も多いんだから入用《いる》ことも入用サね。私《あたし》のとこなんか二人きりだから幾干《いくら》も入用《いりゃ》ア仕ない。それでも三銭五銭と計量炭《はかりずみ》を毎日のように買うんだからね、全くやりきれや仕ない」
「全く骨だね」とお徳は優しく言った。
以上炭の噂《うわさ》まで来ると二人は最初の木戸の事は最早《もう》口に出さないで何時《いつ》しか元のお徳お源に立還《たちかえ》りぺちゃくちゃ[#「ぺちゃくちゃ」に傍点]と仲善く喋舌《しゃべ》り合っていたところは埒《らち》も無い。
十一月の末だから日は短い盛《さかり》で、主人真蔵が会社から帰ったのは最早暮れがかりであった。木戸が出来たと聞いて洋服のまま下駄を突掛け勝手元の庭へ廻わり、暫時《しばらく》は木戸を見てただ微笑していたが、お徳が傍《そば》から
「旦那様《だんなさま》大変な木戸で、御座いましょう」と言ったので
「これは植木屋さんが作《こし》らえたのか」
「そうで御座います」
「随分妙な木戸だが、しかし植木屋さんにしちゃア良く出来てる」と手を掛けて揺振《ゆすぶ》ってみて
「案外丈夫そうだ。まアこれでも可《い》い、無いよりか増《まし》だろう。その内大工を頼んで本当に作らすことに仕よう」と言って「竹で作《こしら》えても木戸は木戸だ、ハ、ハハハハ」と笑
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