なった。其方《そちら》で木戸を丈夫に造り、開閉《あけたて》を厳重にするという条件であったが、植木屋は其処《そこ》らの籔《やぶ》から青竹を切って来て、これに杉の葉など交ぜ加えて無細工《ぶさいく》の木戸を造くって了った。出来上ったのを見てお徳は
「これが木戸だろうか、掛金《かけがね》は何処《どこ》に在《あ》るの。こんな木戸なんか有るも無いも同じことだ」と大声で言った。植木屋の女房のお源は、これを聞きつけ
「それで沢山だ、どうせ私共の力で大工さんの作るような立派な木戸が出来るものか」
 と井戸辺《いどばた》で釜《かま》の底を洗いながら言った。
「それじゃア大工さんを頼めば可い」とお徳はお源の言葉が癪《しゃく》に触《さわ》り、植木屋の貧乏なことを知りながら言った。
「頼まれる位なら頼むサ」とお源は軽く言った。
「頼むと来るよ」とお徳は猶一《もひと》つ皮肉を言った。
 お源は負けぬ気性だから、これにはむっと[#「むっと」に傍点]したが、大庭家に於《お》けるお徳の勢力を知っているから、逆《さか》らっては損と虫を圧《おさ》えて
「まアそれで勘弁しておくれよ。出入《ではい》りするものは重に私《あたし》ばかりだから私さえ開閉《あけたて》に気を附けりゃア大丈夫だよ。どうせ本式の盗棒なら垣根だって御門だって越すから木戸なんか何にもなりゃア仕ないからね」
 と半分折れて出たのでお徳
「そう言えばそうさ。だからお前さんさえ開閉《あけたて》を厳重に仕ておくれなら先《ま》ア安心だが、お前さんも知ってるだろう此里《ここ》はコソコソ泥棒や屑屋《くずや》の悪い奴《やつ》が漂行《うろうろ》するから油断も間際《すき》もなりや仕ない。そら近頃《このごろ》出来たパン屋の隣に河井|様《さん》て軍人さんがあるだろう。彼家《あそこ》じゃア二三日前に買立の銅《あか》の大きな金盥《かなだらい》をちょろりと盗《や》られたそうだからねえ」
「まアどうして」とお源は水を汲む手を一寸《ちょっ》と休めて振り向いた。
「井戸辺《いどばた》に出ていたのを、女中が屋後《うら》に干物に往《い》ったぽっちり[#「ぽっちり」に傍点]の間《ま》に盗《や》られたのだとサ。矢張《やっぱり》木戸が少しばかし開《あ》いていたのだとサ」
「まア、真実《ほんと》に油断がならないね。大丈夫私は気を附けるが、お徳さんも盗《や》られそうなものは少時《ちょっと》
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