、これじゃ余《あんま》りだと思うわ。お前さんこれじゃ乞食も同然じゃ無いか。お前さんそうは思わないの?」
 磯は黙っている。
「これじゃ唯《た》だ食って生きてるだけじゃないか。饑死《かつじに》する者は世間に滅多にありや仕ないから、食って生きてるだけなら誰《だれ》だってするよ。それじゃ余《あんま》り情ないと私は思うわ」涙を袖《そで》で拭《ふい》て「お前さんだって立派な職人じゃないか、それに唯《たっ》た二人きりの生活《くらし》だよ。それがどうだろう、のべつ[#「のべつ」に傍点]貧乏の仕通しでその貧乏も唯の貧乏じゃ無いよ。満足な家には一度だって住まないで何時《いつ》でもこんな物置か――」
「何を何時までべらべら喋舌《しゃべっ》てるんだい」と磯は矢張《やはり》お源の方は向《むか》ないで、手荒く煙管《きせる》を撃《はた》いて言った。
「お前さん怒るなら何程《いくら》でもお怒り。今夜という今夜は私はどうあっても言うだけ言うよ」とお源は急促込《せきこ》んで言った。
「貧乏が好きな者はないよ」
「そんなら何故《なぜ》お前さん月の中《うち》十日は必然《きっと》休むの? お前さんはお酒は呑《のま》ないし外に道楽はなし満足に仕事に出てさえおくれなら如斯《こんな》貧乏は仕ないんだよ。――」
 磯は火鉢の灰を見つめて黙っている。
「だからお前さんがも少し精出しておくれならこの節のように計量炭《はかりずみ》もろく[#「ろく」に傍点]に買《かえ》ないような情ない……」
 お源は布団へ打伏して泣きだした。磯吉はふいと起って土間に下りて麻裏《あさうら》を突掛けるや戸外《そと》へ飛び出した。戸外は月冴えて風はないが、骨身に徹《こた》える寒さに磯は大急ぎで新開の通へ出て、七八丁もゆくと金次という仲間が居る、其家《そこ》を訪《たず》ねて、十時過まで金次と将棋を指して遊んだが帰掛《かえりがけ》に一寸一円貸せと頼んだ。明日なら出来るが今夜は一文もないと謝絶《ことわ》られた。
 帰路《かえりみち》に炭屋がある。この店は酒も薪《まき》も量炭《はかりずみ》も売り、大庭もこの店から炭薪を取り、お源も此店《ここ》へ炭を買いに来るのである。新開地は店を早く終《しま》うのでこの店も最早《もう》閉っていた。磯は少時《しばら》く此店《ここ》の前を迂路々々《うろうろ》していたが急に店の軒下に積である炭俵の一個《ひとつ》をひょい[#
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