「ひょい」に傍点]と肩に乗て直ぐ横の田甫道《たんぼみち》に外《それ》て了った。
 大急で帰宅《かえ》って土間にどしり[#「どしり」に傍点]と俵を下した音に、泣き寝入《ねいり》に寝入っていたお源は眼を覚したが声を出《ださ》なかった。そして今のは何の響とも気に留めなかった。磯もそのままお源の後から布団の中に潜《もぐ》り込んだ。
 翌朝になってお源は炭俵に気が着き、喫驚《びっくり》して
「磯さんこれはどうしたの、この炭俵は?」
「買って来たのサ」と磯は布団を被《かぶ》ってるまま答えた。朝飯《めし》が出来るまでは磯は床を出ないのである。
「何店《どこ》で買ったの?」
「何処《どこ》だって可いじゃないか」
「聞いたって可いじゃないか」
「初公の近所の店だよ」
「まアどうしてそんな遠くで買ったの。……オヤお前さん今日お米を買うお銭《あし》を費《つか》って了《しま》やアしまいね」
 磯は起上って「お前がやれ量炭も買えんだのッて八《や》か間《ま》しく言うから昨夜《ゆうべ》金公の家へ往《い》って借りようとして無《ない》ってやがる。それから直ぐ初公の家《とこ》へ往ったのだ。炭を買うから少《すこし》ばかり貸せといったら一俵位なら俺家《おれんとこ》の酒屋で取って往けと大《おおき》なこと言うから直ぐ其家《そこうち》で初公の名前で持て来たのだ。それだけあれば四五日は保《あ》るだろう」
「まアそう」と言ってお源はよろこんだ。直ぐ口を明けて見たかったけれど、先《ま》ア後の事と、せっせと朝飯の仕度をしながら「え、四五日どころか自宅《うち》なら十日もあるよ」
 昨夜《ゆうべ》磯吉が飛出した後でお源は色々に思い難《なや》んだ末が、亭主に精出せと勧める以上、自分も気を腐らして寝ていちゃ何もならない、又たお隣へも顔を出さんと却《かえっ》て疑がわれるとこう考えたのである。
 其処《そこ》で平常《いつも》の通り弁当持たせて磯吉を出してやり、自分も飯を食べて一通《ひととおり》片附たところでバケツを持って木戸を開けた。
 お清とお徳が外に出ていた。お清はお源を見て
「お源さん大変顔色が悪いね、どうか仕《し》たの」
「昨日《きのう》から少し風邪《かぜ》を引たもんですから……」
「用心なさいよ、それは不可《いけな》い」
 お徳は「お早う」と口早に挨拶《あいさつ》したきり何も言わない、そしてお源が炭俵の並べてないのに気が
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