成して居るのだ、それが証拠には自分の前に静《しづ》には情夫《をとこ》が有つたらしく、自分の後《のち》に今の男があるではないか。
けれども自分の経験に依《よ》ると静《しづ》は自分と関係してる間《あひだ》は決して自分を不安に思はしめるやうなことは無かつた。正直で可憐《かれん》で柔和《にうわ》で身も魂も自分に捧げて居《を》るやうであつた。
銀之助は斯《か》う考《かん》がへて来ると解《わか》らなくなつた。節操《みさを》といふものが解《わか》らなくなつた。
成程《なるほど》元子は見たところ節操々々《みさを/\》して居る。けれど講習会を名《な》に何をして居るか知れたものでない。想像して見ると不審の点は数多《いくら》もある。今夜だつて何を働いて居るか自分は見て居ない。自分の見る事も出来ないこと、それが自分に猛烈な苦悩を与へることを元子は実行して居るではないか。
考へれば考へるほど銀之助には解《わか》らなくなつた。忌々《いま/\》しさうに頭を振《ふつ》て、急に急足《いそぎあし》で愛宕町《あたごちやう》の闇《くら》い狭い路地《ろぢ》をぐる/\廻《まは》つて漸《やつ》と格子戸《かうしど》の小さな二
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