|階屋《かいや》に「小川」と薄暗い瓦斯燈《がすとう》の点《つ》けてあるのを発見《めつ》けた。「小川方《をがはかた》」とあつた、よろしいこれだと、躊躇《ためら》うことなく格子《かうし》を開《あ》けて
『お宅にお静《しづ》さんといふ人が同居し居られますか。』
と訊《きく》や、直《す》ぐ現はれたのが静《しづ》であつた。
『能《よ》く来て下《くだ》さいました。待《まつ》て居たんですよ。サアどうか上《あが》つて下《くだ》さいましな。』と低い艶《つや》のある声は昔のまゝである。
『イヤ上《あが》るまい。貴方《あなた》は一寸《ちよつと》出られませんか。』
『そうね、一寸《ちよつと》待つて下さい。』と急いで二階へ上《あが》つたが間《ま》もなく降《おり》て来て
『それでは其所《そこ》いらまで御一所《ごいつしよ》に歩《あ》るきませう。』
二人は並んで黙つて路地を出た。出るや直《す》ぐ銀之助は
『よくこれが出しましたね。』と親指を静《しづ》の眼《め》の前へ突き出した。
『アラ彼《あん》な事を。相変《あひかは》らず口が悪いのね。』
『別れてから、たつた五年じアありませんか。』
『ほんとに五年になりますね、昨
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