づくよ》で風の無い静かな晩である。左へ廻《まが》れば公園脇の電車道、銀之助は右に折れてお濠辺《ほりばた》の通行《ひとゞほり》のない方を選んだ。ふと気が着いて自家《じたく》から二三丁先の或家《あるいへ》の瓦斯燈《がすとう》で時計を見ると八時|過《すぎ》である。
外で冷《ひやゝ》かな空気に触れると酔《よひ》が足りない。もすこし飲んで出れば可《よ》かつたと思つた。
愛宕町《あたごちやう》は七八丁の距離しかないので銀之助は静《しづ》のこと、今の妻《さい》の元子《もとこ》のことを考へながら、歩《あゆ》むともなく、徐々《のろ/\》歩《あ》るいた。
成程《なるほど》比べて見ると静《しづ》には何処《どこ》か卑《いや》しいところがあつて、元子にはそれがない。
静《しづ》の卑《いや》しいやうに他《ひと》から思はれるところは何故《なぜ》であるかと考へた。静《しづ》には何処《どこ》かに色ッぽい風《ふう》がある。女性《によせい》にはなくてならぬ節操《みさを》といふ釘《くぎ》が一|本《ぽん》足りないで、其《その》為《た》め身体《からだ》全体に『たるみ』が出来て居る、其《その》『たるみ』が卑《いや》しい色を
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