て明晩《みやうばん》来て呉《く》れまいか――といふのである。
 明晩とは今夜である銀之助はしみ/″\静《しづ》の不幸《ふしあはせ》を思つた。静《しづ》は男に愛着《おも》はれ又《ま》た男を愛着《おも》ふ女である。そして可憐《かれん》で正直で怜悧《れいり》な女であるが不思議と関係のない者からは卑《いや》しい人間のやうに思はれる女で実に何者にか詛《のろ》はれて居るのではないかと思つた。しかし銀之助には以前《もと》の恋の情《こゝろ》は少《すこし》もなかつた。
 どうせ飛び出すのだ、何しろ訪ねて見ようと銀之助は先《ま》づ懐中《くわいちゆう》を改めると五円札が一枚と余《あと》は小銭《こせん》で五六十銭あるばかり。これでも仕方がない不足の分は先方《むかふ》の様子を見てからの事と直《す》ぐ下に降《お》りた。
『房《ふさ》、遅くなつたら閉《し》めても可《い》いよ。』
『アラ如何《どう》してもお出《で》になりますので御座《ござ》いますか。』と房《ふさ》はきよと/\して気が気でない。
『何《な》に心配しないでも可《い》いよ。奥様《おくさん》に急に用が出来たから出たつて言つてお呉《く》れ。』
 外は星夜《ほし
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