たが、銀之助は如何《どう》考《かん》がへて見ても忌々《いま/\》しくつて堪《たま》らない。今日《けふ》は平時《いつも》より遅く故意《わざ》と七時過ぎに帰宅《かへ》つて見たが矢張《やはり》予想通り妻《さい》の元子《もとこ》は帰つて居ない。これなら下宿屋に居るも同じことだと思ふ位《くらゐ》なら未《ま》だ辛棒《しんぼう》も出来るが銀之助の腹の底には或物《あるもの》がある。
『何時頃《なんじごろ》に帰ると言つた。』
『何とも被仰《おつしや》いませんでした。』と房《ふさ》は言悪《いひにく》さうに答へる。
 後藤へ廻《ま》はるなら廻《ま》はると朝《あさ》自分が出る前にいくらでも言ふ時《ひま》があるじやアないかと思ふと、銀之助は思はず
『人を馬鹿にして居やアがる。』と唸《うな》るやうに言つた。そして酒ばかりぐい/\呑《の》むので、房《ふさ》は
『旦那様《だんなさま》何か召上《めしあ》がりませんか、』と如何《どう》かして気慊《きげん》を取る積《つも》りで優しく言つた。
『見ろ、何が食へる。薄ら寒い秋の末《すゑ》に熱い汁が一杯|吸《す》へないなんて情《なさけ》ないことがあるものか。下宿屋だつて汁ぐらゐ吸
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