して更《さら》に卓上の食品《くひもの》を彼所《かしこ》此処《こゝ》と置き直して心配さうに主人の様子をうかがつた。
 銀之助は外套《ぐわいたう》も脱がないで両臂《りやうひぢ》を食卓に突いたまゝ眼《め》を閉《とぢ》て居る。
『お衣服《めし》をお着更《きかへ》になつてから召上《めしあが》つたら如何《いかゞ》で御座《ござ》います。』と房《ふさ》は主人の窮屈さうな様子を見て、恐る/\言つた。御気慊《ごきげん》を取る積《つもり》でもあつた。何故《なぜ》主人が不気慊《ふきげん》であるかも略《ほゞ》知つて居るので。
『面倒臭い此儘《このまゝ》で食《く》ふ、お燗《かん》は最早《もう》可《い》いだらう。』
 房《ふさ》は燗瓶《かんびん》を揚《あげ》て直《す》ぐ酌《しやく》をした。銀之助は会社から帰りに何処《どこ》かで飲んで来たと見え、此時《このとき》既《すで》にやゝ酔《よつ》て居たのである。酔《よ》へば蒼白《あをじろ》くなる顔は益々《ます/\》蒼白《あをじろ》く秀《ひい》でた眉《まゆ》を寄せて口を一文字に結んだのを見ると房《ふさ》は可恐《こはい》と思つた。
 二三杯ぐい/\飲んでホツと嘆息《ためいき》をし
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