い》て日々《ひゞ》眺《なが》めて居たけれども、噂《うはさ》に聞《き》きし靈妙《れいめう》の働《はたらき》は少しも見せず、雲の湧《わく》などいふ不思議《ふしぎ》を示《しめ》さないので、何時《いつ》しか石のことは打忘《うちわす》れ、室《へや》の片隅《かたすみ》に放擲《はうてき》して置いた。
 其|翌年《よくとし》になり權官は或《ある》罪《つみ》を以て職《しよく》を剥《はが》れて了《しま》い、尋《つい》で死亡《しばう》したので、僕《ぼく》が竊《ひそ》かに石を偸《ぬす》み出して賣《う》りに出《で》たのが恰も八月二日の朝であつた。
 此日雲飛は待《ま》ちに待《ま》つた日が來《き》たので夜《よ》の明方《あけがた》に海岱門《かいたいもん》に詣《まう》で見ると、果《はた》して一人の怪《あや》しげな男が名石《めいせき》を擔《かつ》いで路傍《みちばた》に立て居るのを見た。代《だい》を聞《き》くと果《はた》して二十錢だといふ、喜《よろこ》んで買《か》ひ取《と》り、石は又もや雲飛の手に還《かへ》つた。
 其後《そのご》雲飛《うんぴ》は壮健《さうけん》にして八十九歳に達《たつ》した。我が死期《しき》來《きた》れ
前へ 次へ
全17ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング