》く知《しつ》て居るのじや、抑《そもそ》も此石には九十二の竅《あな》がある、其中の巨《おほき》な孔《あな》の中には五《いつゝ》の堂宇《だうゝ》がある、貴君《あなた》は之れを知つて居らるゝか』
言はれて雲飛《うんぴ》は仔細《しさい》に孔中《こうちゆう》を見《み》ると果して小さな堂宇《だうゝ》があつて、粟粒《あはつぶ》ほどの大さで、一寸《ちよつと》見《み》た位《くらゐ》では決《けつ》して氣《き》が附《つか》ぬほどのものである、又た孔竅《あな》の數《かず》を計算《けいさん》するとこれ亦た九十二ある。そこで内心《ないしん》非常《ひじやう》に驚《おどろ》いたけれど尚《なほ》も石を老叟《らうそう》に渡《わた》すことは惜《をし》いので色々《いろ/\》と言《い》ひ爭《あらそ》ふた。
老叟は笑《わら》つて『先《ま》づ左樣《さう》言《い》はるゝならそれでもよし、イザお暇《いとま》を仕《し》ましよう、大《おほき》にお邪魔《じやま》で御座《ござ》つた』と客間《きやくま》を出たので雲飛《うんぴ》も喜《よろこ》び門《もん》まで送《おく》り出て、内に還《かへ》つて見ると石《いし》が無い。こいつ彼《あ》の老爺《おやぢ》が盜《ぬす》んだと急《きふ》に追《おつ》かけて行くと老人|悠々《いう/\》として歩《ある》いて居るので直《す》ぐ追着《おひつ》くことが出來た。其|袂《たもと》を捉《とら》へて『餘《あんま》りじやアありませんか、何卒《どうか》返却《かへ》して戴《いたゞ》きたいもんです』と泣聲《なきごゑ》になつて訴《うつた》へた。
『これは異《い》なことを言《い》はるゝものじや、あんな大《おほき》な石《いし》が如何《どう》して袂《たもと》へ入《はひ》る筈《はず》がない』と老人《ろうじん》に言はれて見ると、袖《そで》は輕《かる》く風《かぜ》に飄《ひるが》へり、手には一本の長《なが》い杖《つゑ》を持《もつ》ばかり、小石《こいし》一つ持て居ないのである。ここに於て雲飛《うんぴ》は初《はじめ》て此《この》老叟《らうそう》決《けつし》て唯物《たゞもの》でないと氣《き》が着《つ》き、無理《むり》やりに曳張《ひつぱつ》て家《うち》へ連《つ》れ歸《かへ》り、跪《ひざまづ》いて石《いし》を求《もと》めた。
乃《そこ》で叟の言《い》ふには『如何《どう》です、石は矢張《やは》り貴君《あなた》の物かね、それとも拙者《せつ
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