しや》のものかね。』
『イヤ全《まつ》たく貴君《あなた》の物で御座《ござい》ます、けれども何卒《どう》か枉《まげ》て私《わたくし》に賜《たまは》りたう御座《ござい》ます』
『それで事は解《わか》つた、室《へや》を見なさい、石は在るから。』
 言はれて内室《ないしつ》に入《はひ》つて見ると成程《なるほど》石は何時《いつ》の間《ま》にか紫檀《したん》の臺《だい》に還《かへ》つて居たので益々《ます/\》畏敬《ゐけい》の念《ねん》を高《たか》め、恭《うや/\》しく老叟を仰《あふ》ぎ見ると、老叟『天下《てんか》の寶《たから》といふものは總《すべ》てこれを愛惜《あいせき》するものに與《あた》へるのが當然《たうぜん》じや、此石《このいし》も自《みづか》ら能《よ》く其|主人《しゆじん》を選《えら》んだので拙者《せつしや》も喜《よろこば》しく思《おも》ふ、然し此石の出やうが少《すこ》し早《はや》すぎる、出やうが早《はや》いと魔劫《まごふ》が未《ま》だ除《と》れないから何時《いつ》かはこれを持《もつ》て居るものに禍《わざはひ》するものじや、一先《ひとまづ》拙者が持歸《もちかへ》つて三年|經《たつ》て後《のち》貴君《あなた》に差上《さしあ》げることに仕《し》たいものぢや、それとも今《いま》これを此處に留《と》め置《おけ》ば貴君《あなた》の三年の壽命《いのち》を縮《ちゞめ》るが可《よい》か、それでも今|直《す》ぐに欲《ほし》う御座るかな。』
 雲飛《うんぴ》は三年の壽命《じゆみやう》位《ぐらゐ》は何《なん》でもないと答《こた》へたので老叟、二本の指《ゆび》で一の竅《あな》に觸《ふれ》たと思ふと石は恰《あだか》も泥《どろ》のやうになり、手に隨《したが》つて閉《と》ぢ、遂《つひ》に三個《みつゝ》の竅《あな》を閉《ふさ》いで了《しま》つて、さて言ふには、『これで可《よ》し、殘《のこり》の竅《あな》の數《かず》が貴君《あなた》の壽命だ、最早《もう》これでお暇《いとま》と致《いた》さう』と飄然《へうぜん》老叟《らうそう》は立去《たちさつ》て了《しま》つた。留《と》めて留《と》まらず、姓名《な》を聞《きい》ても言《いは》ずに。
 其後石は安然《あんぜん》[#「然」に「ママ」の注記]に雲飛の内室《ないしつ》に祕藏《ひざう》されて其|清秀《せいしう》の態《たい》を變《かへ》ず、靈妙《れいめう》の氣《き》を
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