》ちた跡《あと》を弔《とむら》ふべく橋上《けうじやう》に立《たつ》て下を見ると、河水《かすゐ》清徹《せいてつ》、例《れい》の石がちやんと目《め》の下《した》に横《よこた》はつて居たので其まゝ飛《と》び込《こ》み、石を懷《だい》て濡鼠《ぬれねずみ》のやうになつて逃《にぐ》るが如《ごと》く家《うち》に歸《かへ》つて來た。最早《もう》〆《しめ》たものと、今度は客間《きやくま》に石を置《お》かず、居間《ゐま》の床《とこ》に安置《あんち》して何人にも祕《かく》して、只だ獨《ひと》り樂《たのし》んで居た。
すると一日《あるひ》一人《ひとり》の老叟《らうそう》が何所《どこ》からともなく訪《たづ》ねて來て祕藏《ひざう》の石を見せて呉《く》れろといふ、イヤその石は最早《もう》他人《たにん》に奪《と》られて了《しま》つて久《ひさ》しい以前から無いと謝絶《ことわ》つた。老叟《らうそう》は笑《わら》つて客間《きやくま》にちやんと据《す》えてあるではないかといふので、それでは客間《きやくま》に來《き》て御覽《ごらん》なさい決《けつ》して有りはしないからと案内《あんない》して内に入《はひ》つて見ると、こは如何《いか》に、居間《ゐま》に隱《かく》して置いた石が何時《いつ》の間《ま》にか客間の床《とこ》に据《すゑ》てあつた。雲飛《うんぴ》は驚愕《びつくり》して文句《もんく》が出《で》ない。
老叟《らうそう》は靜《しづ》かに石を撫《な》でゝ、『我家《うち》の石が久《ひさし》く行方《ゆきがた》知《しれ》ずに居たが先づ/\此處《こゝ》にあつたので安堵《あんど》しました、それでは戴《いたゞ》いて歸《かへ》ることに致《いた》しましよう。』
雲飛《うんぴ》は驚《おどろ》いて『飛《と》んだことを言はるゝ、これは拙者《せつしや》永年《ながねん》祕藏《ひざう》して居るので、生命《いのち》にかけて大事《だいじ》にして居るのです』
老叟《らうそう》は笑《わら》つて『さう言はるゝには何《なに》か證據《しようこ》でも有《ある》のかね、貴君《あなた》の物《もの》といふ歴《れき》とした證據《しやうこ》が有るなら承《うけたま》はり度《た》いものですなア』
雲飛《うんぴ》は返事《へんじ》に困《こま》つて居ると老叟《らうそう》の曰く『拙者《せつしや》は故《ふるく》から此石とは馴染《なじみ》なので、この石の事なら詳細《くはし
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