曜の夜まで、夜々詩人の庭より煙たち、夜ふくれば水色の光と紅の光と相並びてこの庭に下れど、詩人は少しもこれを知ることなし。
 七つの落ち葉の山、六《む》つまで焼きて土曜日の夜はただ一つを余しぬ。この一つより立つ煙ほそぼそと天にのぼれば、淡紅色《うすくれない》の霞《かすみ》につつまれて乙女《おとめ》の星先に立ち静かに庭に下れり。詩人が庭のたき火も今夜をかぎりなれば残り惜しく二人は語り、さて帰るさ、庭の主人《あるじ》に一語の礼なくてあるべからずと、打ち連れて詩人の室《しつ》に入れば、浮世のほかなる尊き顔の色のわかわかしく、罪なき眠りに入れる詩人が寝顔を二人はしばし見とれぬ。枕辺《まくらべ》近く取り乱しあるは国々の詩集なり。その一つ開きしままに置かれ、西詩《せいし》「わが心|高原《こうげん》にあり」ちょう詩のところ出《い》でてその中の
[#天から1字下げ]『いざさらば雪を戴《いただ》く高峰《たかね》』
なる一句赤き線《すじ》ひかれぬ。乙女の星はこれを見て早くも露の涙うかべ、年わかき君の心のけだかきことよと言い、さて何事か詩人の耳に口寄せて私語《ささや》き、私語《ささや》きおわれば恋人たち相顧み
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