て打ちえみつ、詩人の優しき頬《ほお》にかわるがわる接吻《くちづけ》して、安けく眠りたまえと言い言い出《い》で去りたり。
あくれば日曜日の朝、詩人は寝《ね》ざめの床に昨夜の夢を想《おも》い起こしぬ。夢に天津乙女《あまつおとめ》の額《ひたえ》に紅《くれない》の星|戴《いただ》けるが現われて、言葉なく打ち招くままに誘われて丘にのぼれば、乙女は寄りそいて私語《ささや》くよう、君は恋を望みたもうか、はた自由を願いたもうかと問うに、自由の血は恋、恋の翼《つばさ》は自由なれば、われその一を欠く事を願わずと答う、乙女ほほえみつ、さればまず君に見するものありと遠く西の空を指《さ》し、よく眼《まなこ》定めて見たまえと言いすてていずこともなく消え失《う》せたり。詩人はこの夢を思い起こすや、跳《は》ね起きて東雲《しののめ》の空ようやく白きに、独《ひと》り家を出《い》で丘に登りぬ。西の空うち見やれば二つの小さき星、ひくく地にたれて薄き光を放てり、しばらくして東の空|金色《こんじき》に染まり、かの星の光|自《おのず》から消えて、地平線の上に現われし連山の影|黛《まゆずみ》のごとく峰々に戴く雪の色は夢よりも淡し、
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