見上げると徳二郎は欄《てすり》に倚《よ》つて見下ろして居た。そして内よりは燈《あかり》が射し、外よりは月の光を受けて彼の姿が明白《はつきり》と見える。
「氣をつけないと危難《あぶな》いぞ!」と、徳二郎は上から言つた。
「大丈夫!」と女は下から答へて「直ぐ歸るから待《まつ》て居てお呉れ。」
 舟は暫時《しばら》く大船小船六七|艘《さう》の間を縫ふて進んで居たが間もなく廣々とした沖合に出た。月は益々冴えて秋の夜かと思はれるばかり、女は漕手《こぐて》を止《とゞ》めて僕の傍に坐つた。そして月を仰ぎ又|四邊《あたり》を見廻はしながら、
「坊樣、あなたはお何歳《いくつ》?」と訊ねた。
「十二。」
「私の弟の寫眞も十二の時ですよ、今は十六……、さうだ十六だけれど十二の時に別れたぎり會はないのだから今でも坊樣と同じやうな氣がするのですよ。」と言つて僕の顏を熟《ぢつ》と見て居たが忽ち涙ぐんだ。月の光を受けて其顏は猶更《なほさら》蒼《あを》ざめて見えた。
「死んだの?」
「否《いゝえ》、死んだのなら却て斷念《あきらめ》がつきますが別れた限《ぎり》、如何なつたのか行方《いきがた》が知れないのですよ。兩親《ふ
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