弟にですよ、坊樣を弟に似て居るなどともつたい[#「もつたい」に傍点]ない事だけれど、そら、これを御覽なさい。」と女は帶の間から一枚の寫眞を出して僕に見せた。
「坊樣、此姉樣が其寫眞を徳に見せましたから、これは宅《うち》の坊樣と少しも變らんと言ひましたら是非連れて來て呉れと頼みますから今夜坊樣を連れて來たのだから、澤山御馳走を爲《し》て貰はんと可《い》けませんぞ。」と徳二郎は言ひつゝも止め度なく飮んで居る。女は僕に摺寄《すりよ》つて、
「サア何でも御馳走しますとも、坊樣何が可《よ》う御座いますか」と女は優しく言つて莞爾《につこり》笑つた。
「何にもいらない」と僕は言つて横を向いた。
「それじや舟へ乘りましよう、私と舟へ乘りましよう、え、さう爲ましよう。」と言つて先に立つて出て行くから僕も言ふまゝに女の後に從いて梯子段を下りた、徳二郎は唯《た》だ笑つて見て居るばかり。
先の石段を下りるや若き女は先《まづ》僕を乘らして後、纜《もやひ》を解いてひらりと[#「ひらりと」に傍点]飛び乘り、さも輕々と櫓を操《あやつ》りだした。少年《こども》ながらも僕は此女の擧動《ふるまひ》に驚いた。
岸を離れて
前へ
次へ
全14ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング