ろす船は數こそ少いが形は大きく大概は西洋形の帆前船《ほまへせん》で、出積荷は此濱で出來る食鹽、其外土地の者で朝鮮貿易に從事する者の持船も少なからず、内海を往來《ゆきゝ》する和船もあり。兩岸の人家低く高く、山に據《よ》り水に臨む其|數《かず》數《す》百戸。
 入江の奧より望めば舷燈高くかゝりて星かとばかり、燈影低く映りて金蛇《きんだ》の如く。寂漠たる山色月影の裡《うち》に浮んで恰《あたか》も畫のやうに見えるのである。
 舟の進むにつれて此|小《ちひさ》な港の聲が次第に聞えだした。僕は今此港の光景を詳細《くは》しく説くことは出來ないが、其夜僕の眼に映つて今日尚ほあり/\と思ひ浮べることの出來る丈を言ふと、夏の夜の月明らかな晩であるから船の者は甲板に出で家の者は戸外《そと》に出で、海にのぞむ窓は悉《こと/″\》く開かれ、燈火《ともしび》は風にそよげども水面は油の如く、笛を吹く者あり、歌ふものあり、三絃《さみせん》の音につれて笑ひどよめく聲は水に臨める青樓より起るなど、如何《いか》にも樂しさうな花やかな有樣であつたことで、然し同時に此花やかな一幅の畫圖を包む處の、寂寥たる月色山影水光を忘るゝこ
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