私が預かるから半年も稼いだら帰って来てまた一しょになるがよかろうと申しますと、藤吉は涙を流してよろこびまして、万事よろしく頼むと家を畳んでお俊を私の宅に同居させ、横浜へ出かけてしまいました。
 もうこうなれば澄ましたもので、お俊と私はすっかり夫婦気取りで暮していたのでございます。
 そうすると一月ほどたちまして私は眼病にかかったのでございます。たいしたこともあるまいと初めは医者にもかからず、役所にはつとめて通っていましたが、だんだんに悪くなりましてしまいには役所を休むようになりました。医者に見せますと容易ならぬ眼病だと言われて、それから急にできるだけの療治にかかりましたが治る様子も見えないのでございます。
 お俊はなかなか気をつけて看護してくれました。藤吉からは何の消息《たより》もありません。私は藤吉のことを思いますと、ああ悪いことをしたと、つくづくわが身の罪を思うのでございますが、さればとてお俊を諭《さと》して藤吉の後を逐《お》わすことをいたすほどの決心は出ませんので、ただ悪い悪いと思いながらお俊の情を受けておりました。
 そのうちだんだん眼が悪くなる一方で役所は一月以上も休んでいるし、私は気が気でならず、もし盲目《めくら》になったらという一念が起るたびに、悶《もだ》え苦しみました。
 ここに怪しいことのございますのは、お俊の様子がひどく変ったことでございます、なんとなく私を看護するそぶりが前のようでなく、つまらぬことに疳癪《かんしゃく》を起して私につらく当るのでございます。そして折り折りは半日もいずれにか出あるいて帰らぬこともあるのです。私は口に出してこそ申しませんが、腹の中は面白くなくって堪りません。ところがある日のことでございました、『御免なさい』と太い声で尋ねて来た者があります。
『いらっしゃい』とお俊は起ってゆきましたが、しばらく何かその男とこそこそ話をしていましたが、やがて私の枕元に参りまして、『頭領が見えました、何かあなたにお話ししたいことがあるそうです』
 なんの頭領だろうと思っていますうちに、その男はずかずか私の枕元に参りまして、
『お初《はつ》にお目にかかります、私ことは大工|助次郎《すけじろう》と申しますもので、藤吉初めお俊がこれまでいろいろお世話様になりましたにつきましては、お礼の申し上げようもございません、別してお俊が厚いお情をこうむりま
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